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津村巧の 未発表(自己却下)小説群
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ジャパン・レストラン
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「へえ。こんなところにも和食レストランがあるのか」 と、僕は思わず呟いた。 店自体は現地の一般家屋を改装して飲食店にしたらしく、日本らしさはない。『ジャパン・レストラン』とカタカナと英語で記された看板がなかったら、和食レストランどころか、飲食店だとも思わなかっただろう。 最近はニューヨークでも、パリでも、地球の裏側でも和食レストランがある。日本食は健康にいい、ということで注目されているのは確かだが……。 僕は入口のドアを横に引いた。 「イラッシャーイ。コンニチワ。ウェルカム」 と、訛りのある日本語で、店主が僕を迎えた。日系人ではなく、現地の者である。でっぷりと肥っていた。弾けるほどの笑顔だ。和食とは全く縁のない者に見える。 なぜこいつは和食レストランなんて開業しようと思い付いたんだろう、と僕は首を傾げた。 店内も日本らしさはなかった。丸テーブルが五つ並べてあるだけ。各テーブルに小さな日の丸の飾りがあった。それで「日本」を演出しているつもりらしい。 時間が早いので、ガラガラだ。 僕は一番奥のテーブルについた。椅子はがたついていた。ひっくり返らなかったのは奇跡である。 「ここ、ジャパニーズ・レストランかい?」 と、念のため訊いてみる。日本語で。 店主は、たどたどしい日本語で、 「そう。ジャパン・レストラン。美味しいよ。ベリ・グッドよ。ウンザリするほど美味しいよ。死にたくなるほど美味しいよ」 ――死ぬ訳ないだろ。 店主は、僕をまじまじと眺めていたが、 「君、君、ジャパニーズ?」 ――これまで何語を喋っていたと思う? と、僕は答える代わりに、 「ああ、日本から来た」 「本物のジャパニーズのお客さん、初めて。来るとは思わなかった。ジャパン、ここから遠いからね」 僕もこんなところで日本食を食べることになるとは思っていなかった。 「偶々見付けたんだ」 「嬉しいね。ハッピーね。死ぬほどハッピーね。ジャパンの皆さんにここを教えてね。美味しい美味しい、て。死ぬほど美味しい、て」 ――食い終えた後に検討しよう。 「メニューあるかい?」 「はい、これ。ちゃんと受け取ってね。ちゃんと受け取らないとぶん殴るよ」 ――どこで日本語を習ったんだ? 僕は一枚の紙を二つ折りにしただけの粗末なメニューを見つめた。 親子丼、かば焼き、目玉焼き、魚焼き、卵焼き、うどん、キムチ…など、和食や、和食でないメニューが日本語と英語で表記されている。手書きだった。達筆とは言い難い。 ――目玉焼きをメニューに添えるとは。……卵焼きと何か違いがあるのか? キムチなんてどこから仕入れたんだ? うどんもあるのか……。 「これ、主人が書いたの?」 「いや、息子。ジャパンで勉強。私のジャパン語、息子、教えてくれた。美味しい美味しいジャパン料理、色々教えてくれた。死ぬほど美味しいジャパン料理、教えてくれた。だからこの店開けた。大繁盛してるよ。朝も昼も夜もお客さんが列を作ってるよ。死ぬほど美味しいからね」 僕は店内を目立たぬ形で見回した。 客は僕だけだ。 一つのテーブルはかなり長いこと使われていないらしく、埃だらけである。 ――本当に繁盛してるのか? 「お陰でね、お金がたくさん入ってくるよ。使い切れないほど入ってくるよ。死にたくなるほどたくさん入ってくる。ウンザリするほど入ってくる」 ――ウンザリするなら店を畳めよ。 地球の裏側で和食を食べるのはおかしいと思いながらも、三週間振りの和食だ。 「じゃあ、かば焼きとご飯を」 「グッド・チョイス。今朝捕れたの使うね。待っててね。死ぬほど美味しいよ。ベリ・グッドよ。逃げたら殺すよ。ジョークじゃないよ」 ――客を脅すな。 僕は、この店に入ったことを後悔し始めた。 が、今更逃げ出す訳にもいかない。 ――死にやしないだろう。 と、開き直るしかなかった。 一〇分後。湯気の立つ皿が二枚、目の前に置かれた。 「ハーイ、かば焼き。美味しいよ。死ぬほど美味しいよ。美味しくなかったら殺すよ」 ――客を殺すな。 僕は二枚の皿を見つめた。予想していたのと全く違った。 一つの皿には白いご飯が盛られている。もう一つの皿には白っぽい塊の上に赤いソースがかけてあった。 ――本当にかば焼きか? 地域の人の口に合うよう調理されているのだろうし、この辺りでたれのベースとなる醤油は販売していないだろうから、多少違って見えるのは仕方ない。 僕は匂いを嗅いだ。 変な臭いはしない。 これまで食べてきたかば焼きの匂いとは異なっていたが。 まあ、食べてみようと思い、一切れ口に放り込んだ。 「ん?」 不味くはないが、やはり歯触りが日本のかば焼きと全く違う。 僕は更に噛んだ。 歯応えがある。うなぎではなく、肉のようだ。 ――うなぎはこの辺りでは入手できないのか? 肉で代用したらかば焼きじゃなくなるだろうが。何でかば焼き、て名付けたんだ? 店長が、満面の笑みを浮かべながら、 「どう? 美味しい?」 「美味しいよ」 「死ぬほど美味しい?」 ――そこまで美味かねえよ。 「ウンザリするほど美味しい?」 ――ウンザリしたら美味しくない、てことだろ。 「美味しくなかったら殺すよ」 ――客を脅すな。 「ま、まあ、美味しいけど…。これ、本当にかば焼きなの?」 「そう。かば焼き。今朝捕れたばかりのカバ、料理した。大変だったよ」 「カバ? カバを焼いたかば焼き?」 「そう。美味しい? 死ぬほど美味しい?」 「美味しい、美味しい」 と、僕は言った。目玉焼きを注文しなかったのは正解だったな、と思いながら。 |
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